ニーチェの書物で「善悪の彼岸」という、とても格好が良い名前の物がありますが、この言葉は結局何が言いたいのかというと、平たく言ってしまえば「善悪の境界線は無いよ」ということです。
実存主義とは「客観の不在」の哲学であると言いましたが、つまり「客観的に正義と言われるものは定義不可能である」という立場から出発する哲学ということです。
これが「神は死んだ」という非常に有名なツァラトゥストラのセリフになり、一見すると悲観的で無神論的な言葉になる訳ですが、錬金術ではかの有名なエメラルド・タブレットに書かれているとされる「上なるものは下なるものが如し、下なるものは上なるものの如し」という表現になります。
禅においては仏陀すら殺せと言う言葉もありますが、結局、錬金術の奥儀に至るにはこの1つの意外な出発点・進入路から開始されるということなのでしょう。
仏教における八正道なるものがありますが、過去、この扱いにずいぶん困りました。
正しい行い、正しい見方、正しい・・・・となるのですが、そもそもその「正しい」が分からないから探究するのに、そんなこと出来るわけが無いだろうという素朴かつ堅固な疑問が解けないまま、30年近い時間が費やされて行きました。
いや、実際に現在でもおそらく圧倒的大多数の方々は意識ないし無意識的に「正しい」と思われることをやっておられる。それが何か漠然としており時に大きく小さく不安を感じたり動揺しつつも、それでも隣人・知人との関係を大切にし、父母を敬い、困っている人に手を貸してあげることを美徳としているかもしれません。
ここで少し研究的な思考に切り替えますが、ユダヤ人にはユダヤ人の、イスラム(イスラム教徒)にはイスラムの、日本の仏教徒にはそれの、それぞれ「徳」または「善」とされることがあり、結局これはバラバラではないのか?と。
さらに細かく分けて、日本人の仏教徒のAさんと、同じく日本人で仏教徒のBさんは、共に浄土宗であったとしても結局その人たちの価値観は必ずしも一致しない。いや、必ず一致しないと言って良い。
ニーチェは「善」を大胆に「民族が最も必要としつつ、しかし行うことが困難であることをその民族の善(徳)とした」というようなことを書いており、ある民族(たしか蒙古人)は弓の上手なことが至上の善であったなどと書いております。
数千年前、旧約聖書の時代には、イスラエル民族のみならず多くの民族では、敵または周辺の民族を激しく打倒し、殺し滅ぼすことは紛れもない「善」であったと思いますし、この旧約聖書を現在も道徳(善)の根本に据えるイスラエルの民は21世紀の現在であっても隣国・敵国を打ち滅ぼすことには容赦がありません。従ってこれはとても自然な行為です。
結局、道徳なるものは全人類で単一とは言えず、それぞれの民族または個人で小さくまたは大きく異なり、整合しない。
日本国内の仏教の各宗派ですら、全派統一でお経を読む会を行おうとして、結局話がまとまらなかったという話があります。
ニーチェは牧師の家に生まれますが、幼少の頃から非常に道徳的(?)に育ったようであり、ある雨の日、はるか向こうから我が家に向かい、走りもせずに歩いて来る息子について母が尋ねると、「だって学校では雨の日に走ってはいけませんと言われていますもの」と答えたという話が残っています。
そのような彼が晩年には、「道徳そのものは存在しないが、物事の道徳的解釈は存在する」ということを言い、自らをインモラル(非道徳)な者として激しく「道徳の撲滅キャンペーン」を開始します。
彼は何とかしてこの「道徳というものが人々が素朴に考えるように存在していない」ことを知らせようとして、激しい奇妙な文体の作品を作るのですが、当然ながら殆ど誰にも理解はされませんでした。
結局ですが、何か宗教的または哲学的に善ないし道徳について非常に詳しく考える必要がある人が、この意外なる進入路を見つけてしまうのかもしれません。
ですので、ある方で皮肉なのか敬意からか、ニーチェを非常なる「モラリストである」と評する方もおられますが、まあおそらく上のことをご存じなのでしょう。
ツァラトゥストラの有名な場面の一つに、彼が白昼、行燈を灯し狼狽して「神はどこにいるのか?」と街をさまよう場面があります。それを見た人々は「見ろ、ツァラトゥストラが真昼に行灯を灯して神を探している」と嘲弄するのですが、ここにかつて激しく「神」または「真理」を追い求めたニーチェの姿が見えます。
この場面を見て、同情するべきではないと知りつつも、非常に真摯に真理を追い求めたニーチェに心が揺さぶられます。